[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第四期】|第6回|あたりまえのことを伝えつづけたい(朴英二)|朴英二+木下理仁
[往復書簡/第四期]第6回
あたりまえのことを伝えつづけたい
朴英二
木下理仁さんへ
ご質問があった、「韓国籍でありながら朝鮮(北朝鮮)に行き来している件」についてまずお答えします。
これは、日本でも韓国でも映画上映会のアフタートークなどでよく聞かれることです。私はこれまで北朝鮮には21回、韓国には50回以上行き来していて、こんなに自由に訪問しているのは、まれなケースと思われます。
でもじつはそんなに難しくはないことでもあるんです。
北朝鮮は「閉ざされている国」というイメージがあり、簡単には行けないと思われていますが、どこの国の人であれ一般人であればビザを申請すれば訪問することが可能です。韓国在住の韓国人であれば、ハードルも高くなりますが、私の場合は日本で生まれ育った韓国籍のコリアンなので、ビザ取得も難しくありません。とくに朝鮮学校出身者は高校生のときに、修学旅行やサッカー、朝鮮舞踊の留学プログラムなどで訪朝する機会もあるので、さらに行き来しやすい存在でもあります。
かといって私がつねに自由かというとそうではありません。
韓国籍である私は、北朝鮮に訪問することで韓国の法律に引っかかってしまうという問題を抱えています。たとえば、北朝鮮に行ったことを理由に、韓国領事館でパスポートが支給されない、厳密に法律が適用されると「韓国に行ったときに逮捕されてしまう」ということもあるかもしれません。じっさい80年代までは、北朝鮮に行ってもいないのに、行ったと捏造され、スパイ容疑で収監された在日がたくさんいます。
2000年代以降、南北融和ムードや交流が盛んになり、いきなり逮捕されるという危険性はあまり感じなくなりましたが、韓国の政権が交代するたびに、緊張感をもたざるをえない部分があります。
ある一定のリスクを感じながらも、私が朝鮮を訪れる理由は、「知ること」の重要性を感じているからです。
ご存じのとおり、日本と朝鮮の国の関係性は敵対的関係にあります。韓国と朝鮮も同じです。どこの国でも同じですが、敵対的関係の国どうしの情報は、かなり偏ります。政治や外交の分野の情報だけでなく、相手の民族や文化、人間性をディスるようなネット記事も溢れます。自国のものに対する優越感に浸り、他者に対する偏見にまみれて否定するナショナリズムに人々が引っ張られていくことに、恐ろしさを覚えます。
だからこそ、知らなかった人たちの日常生活、家族や恋人、働く人たちの話、そこに笑顔があり、涙がある、そんなあたりまえのことを伝えつづけたいと思っています。木下さんが教えてくれた「パレスチナ系イスラエル人の映像クリエイター、ヌサイア・“NAS”・ヤシンさんが短い動画で伝える世界をめぐり人と出会う旅」と同じかもしれません。それを、もっとも身近な日本、韓国、朝鮮でやりたいという思いです。
ロシア・ウクライナ問題もそうですし、今後さらに大きな対立と分断の大きな波が押し寄せている状況のなかで、悲観的になることもあります。でも、木下さんの言うとおり、小さな石を投げつづけることが重要と考えています。
世界中で小さな石を投げつづけている人たちがいることを信じ、投げつづけること。そして、その想いを次世代に繋いでいくこと。そうすれば「いつか大きな波になる」と私も信じています。
私が木下さんと出会った縁と同じように、ひとつひとつの繋がりを大切にしていきたいと考えています。
朴英二(ぱく・よんい)
大阪生まれ横浜育ちの在日コリアン3世。バンタン映画映像学院卒業。「蒼のシンフォニー」「ニジノキセキ」などドキュメンタリー映画を製作、公開。DMZ国際ドキュメンタリー映画祭、ダラスアジアン映画祭などで受賞。