[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第五期】|第3回|「カード」って、何のためにあるのだろう(木下理仁)|長谷川留理華+木下理仁
[往復書簡/第五期]第3回
「カード」って、何のためにあるのだろう
木下理仁
長谷川留理華さんへ
こんにちは。先日は、お便りをありがとうございました。
まだお会いしたことがないにもかかわらず、ぼくの不躾な質問に、とても真摯にていねいに答えてくださって、ほんとうにありがとうございます。
12歳のとき、「国民カード」の申請ができなくて、自分が「無国籍」だとはっきりわかったこと。「国民カード」なしでは、この先、ミャンマーで暮らしていくことは難しいと、お父さんが日本への呼び寄せを決意したこと。その厳しい状況と、まだ子どもだった留理華さんの気持ちを想像しながら手紙を読みました。
ミャンマーの「国民カード」は、たとえば、どんなときに使うのですか。どんな情報が載っているのでしょうか。もし具体的にわかれば教えてください。
「私たちはロヒンギャだから、国民カードは発行してくれないし、国民としても認めてくれないんだよ」と言ったお母さんも、国民カードは持っていなかったのですか? それとも、留理華さんが申請しようとしたころから、政府の対応がそのように変わったのでしょうか。
いずれにしても、1枚の小さなカードを持っているかいないか、持っている人と持っていない人、その違いによって、自分が生まれたときから暮らしてきた場所であっても、自由に行動できるかどうか、ほかの人からどう見られるか、どう扱われるかが、まったく違ってしまうのですね。
日本では逆ですね。日本国籍をもつ日本人は何も持たず、手ぶらで自由に出歩くことができますが、「外国人」が外出するときは、出入国在留管理庁が交付する「在留カード」の常時携帯が義務づけられているので。※
在留カードは「入国審査官、入国警備官、警察官等から提示を求められた場合」には見せなければいけなくて、「携帯していなかった場合は20万円以下の罰金、提示に応じなかった場合は1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処せられることがある」とされています。ずいぶん厳しいですね。車を運転するときに免許証を忘れても反則金は3,000円なのに。
在留カードには、氏名、生年月日、性別、国籍・地域、住居地、在留資格、在留期間、就労の可否などの情報と、16歳以上の場合は顔写真も載っています。「在留資格」「在留期間」「就労の可否」は、その人が「オーバーステイ」や「資格外就労」者ではないかを見るときの基準になります。
ところで、長谷川さんは、いま、日本国籍をもっていますが、ヒジャブで髪を隠した“見た目”などで「外国人」だと思われて、警察官に在留カードの提示を求められたことはありませんか? なかったとしても、そういう可能性を考えたことはありませんか? もし、そんなことがあったら、長谷川さんは、どうしますか?
じっさい、そういう経験をする人もいるんじゃないかと思います。そのとき、「え? 在留カードって、なんですか?」とか、「私、日本人ですけど?」と言ったら、相手はどんな反応をするのでしょう。ちょっと気になります。
そして、日本国籍をもっているにもかかわらず、“見た目”で「外国人」だと思われた人が、いやな思い、悲しい思いをするんじゃないかというのも、とても気になります。
そして、もうひとつ、ミャンマーの「国民カード」の話を聞いて頭に浮かんだのが、日本の「マイナンバーカード」のことです。マイナンバーカードは、日本に住む外国人にも交付されています。
政府は、マイナンバーカードがあれば、健康保険証もいらなくなるし、住民票の写しの交付など、役所の手続きもかんたんにできるので、とても便利ですよとさかんに宣伝していますが、コンビニで住民票の写しを取り寄せたら他人のものが出てきたり、カードの番号が他人の銀行口座に紐づけられていたりするトラブルのニュースを聞くと、なんだか危なっかしいなぁと感じます。
国が発行するカードを、持っている人と持っていない人。持ちたくても持てない人、持ちたくないのに持たなければならない人。「カード」があることによって分断や差別、不公平が生じるなら、そんなもの、ない方がいいのにと思うのですが、そういうわけにはいかないのでしょうか。難しいですね。
※ 特別永住者や短期滞在者の場合は「在留カード」はありません。特別永住者には「特別永住者証明書」が発行されていますが、常時携帯義務はありません。
木下理仁(きのした・よしひと)
ファシリテーター/コーディネーター。かながわ開発教育センター(K-DEC)理事・事務局長、東海大学国際学部国際学科非常勤講師。1980年代の終わりに青年海外協力隊の活動でスリランカへ。帰国後、かながわ国際交流財団で16年間、国際交流のイベントや講座の企画・運営を担当。その後、東京外国語大学・国際理解教育専門員、逗子市の市民協働コーディネーターなどを経て、現職。神奈川県を中心に、学校、市民講座、教員研修、自治体職員研修などで「多文化共生」「国際協力」「まちづくり」をテーマにワークショップを行っている。1961年生まれ。趣味は落語。著書に『難民の?(ハテナ)がわかる本』『国籍の?(ハテナ)がわかる本』(ともに太郎次郎社エディタス)など。