こんな授業があったんだ|第38回|福井発 オモシロ漢字教室〈後編〉|今村公一
福井発 オモシロ漢字教室 〈後編〉
古代文字クイズで漢字の世界へ
今村公一
古代文字クイズで漢字の世界へ
今村公一
<前編>はこちら
漢字はむずかしくてイヤ⋯⋯。
そんなイメージを一変させてくれるのが、「古代文字クイズ」です。
人や動物やものごとを絵のようにかいた三千年前の古代文字に、子どもたちの漢字への興味や関心がぐっと高まります。
いろいろ遊べる人の姿からできた漢字
あの字も、この字も、人の姿からできた文字。いろんなポーズを集めました。
遊び方は自由自在。大きく書いて掲げてクイズにしても、カードにして絵あわせで遊んでも楽しめます。
ジェスチャーゲームにすれば、さらに盛り上がります。
❖正面向きの人からできた漢字
「古代文字ジェスチャー」は、とくにおススメです。
いまの漢字を書いたカードを見て、その古代文字を全身で表現!
スピードをつけて競争すると、とっても盛り上がります。
❖横向きの人からできた漢字
❖横向きの人がならんでいる漢字
【もっとくわしく】
北⋯⋯「北」にはもともと、背中という意味がありました。それが、儀式のときに南向きに座る王が背中を向ける方向をいうようになり、方位の「きた」の意味に変わってしまいました。そのため、「北」の下に体の部分を示す月(肉)を加えて、「せなか」を表す「背」という字ができたのです。
旅⋯⋯「旅」の字のなかの()の部分が、ふきながしのついた旗ざおの形です。古代中国の社会では、氏族単位で行動し、それぞれの氏族が旗を持っていたといいます。「族」「遊」「旗」の字のなかにも、この氏族旗の形があります。
衆⋯⋯「衆」の古代文字のように、同じ字が三つ集まっている場合、「たくさんある(いる)」という意味を表すことがあります。「森」という字は、「木」が三本あるから「森」というわけではありません。また、「星」という字も、以前は「」と書き表しており、「晶」は「星がたくさんある」という意味でした。
子どもも親もお年寄りも、遊んで学ぶ漢字教室
◉好きになれば、子どもは自分でどんどん学ぶ
室内に子どもたちの歓声が響く。子どもに負けて苦笑いする親がいる。親に負けて悔しがる子どもがいる。古代文字をジェスチャーで表現するお年寄りがいる⋯⋯。私の漢字講座でよく見られる光景です。また、帰りぎわには、「今日は楽しかった。また、お願いします」とか「先生の講座は、ぜんぜん眠たくならない。いい勉強をさせてもらった」などと、うれしい言葉をかけていただくことがあります。
私の講座では、むずかしい内容の説明ももちろんありますが、できるだけクイズやゲームの要素をとりいれ、年齢層に応じて楽しく受講できるように工夫しています。
「漢字の勉強は楽しいですか?(楽しかったですか?)」という質問をしたら、多くの人が、「漢字はむずかしいし、覚えるのが面倒だからきらい(きらいだった)」と答えるのではないでしょうか。漢字を学習する際には、形・読み・意味・書き順・画数・部首などを覚えなければならず、また、同音異字や同訓異字がたくさんあることで、文字の使い分けがむずかしく、漢字ぎらいをさらに助長している気がします。ところが、逆に漢字のこれらの特長を利用して、クイズやゲーム的な要素を取り入れることで、だれもが楽しく学習することができ、漢字を好きになっていきます。
ときおり、講座の参加者のなかに、就学前の小さいお子さんがまじっていることがあります。漢字どころか、ひらがな・カタカナでさえ読めないのではと思わせる幼児が、漢字の読み書きをスラスラできるのです。聞いてみると、「小学二年生までの漢字ならマスターしていて、いつも漢和辞典を読んでいる。なによりも漢字が大好きだ」とのこと。よくテレビなどで、世界の国名や首都名、国旗、あるいは電車の名前などに詳しい小さな博士が紹介されることがありますが、こうした子どもたちに共通するのが、それらの対象に興味があり、大好きだということです。好きになれば、みずからすすんでいろいろな知識を身につけようと努力するのです。
漢字のもつ面白さを伝えたい。漢字に興味をもち、好きになってもらいたい。──そのためにどうしたらよいかといつも考えながら、さまざまな取り組みをしてきました。
◉この本に紹介している漢字あそびについて
講座の内容のなかで、どの年齢層の方にも人気があるのが、古代文字を使った「動物漢字クイズ」(本書24ページに掲載)です。
3000年以上前の古代中国人が、それぞれの動物を見て、その特徴をとらえて表した文字であるということがよくわかります。はじめは、わかりやすい動物の古代文字を集めた問題を出し、後半には迷いそうな問題を集めて出します。多くの人が、「豚」と「兎」の甲骨文字を逆にして間違え、悔しがるパターンになります。「豚」の古代文字のお腹にある部分が、いまの漢字の「月(にくづき)」になっているということを説明すれば、納得してもらえます。
また、ゲーム内容は単純ながらいつも盛り上がるのが、「画数じゃんけん」(5章に掲載)です。画数一覧表を渡し、自分で選んだ漢字をカードに書いてもらうことから始めます。書きながら、画数を意識することができるわけですが、大人のなかには、それまで「世」を四画で書いており、五画だと知って驚く人が多くいます。こうしたカードゲームを自作する場合は、机間を巡りながら、「すごくていねいに書いていますね」など、いいところをかならずほめるよう意識しています。
ほかにも、会意文字や形声文字を利用し、漢字を上下や左右で半分に分けてバラバラにして、パズルや神経衰弱で遊んだりもしています(4章に掲載)。このとき、小学生にとって未習の漢字があるとゲームが成り立たないため、何年生の漢字を使っておこなうゲームなのかをかならずカードに明記しておきます。そして、遊び方がよくわかったところで、今度は資料の漢字表から漢字を選んで、自分でゲームを作成します。人から与えられたゲームをする以上に、自分でゲームを作って遊ぶということは楽しいようです。
資料の漢字表に部首名を記入しておけば、自然に部首を意識して作るようになります。また、作っているうちに、「想」や「箱」など、同じ形の部分が上にあったり下にあったり、「静」や「清」など、左にあったり右にあったりする漢字があることにも気づき、そうした漢字を意識してゲームに取り入れることができるようにもなります。
◉子どもからお年寄りまで、みんな楽しく漢字で遊べる
老人会によばれたときのことです。普段は健康をテーマにした話や健康体操をしているということを聞き、人の姿からできた漢字のクイズをしたあとに、身体を使って古代文字を表現してもらう内容をとりいれました(36ページに掲載)。
このジェスチャークイズでは、それぞれの古代文字の形を覚え、指示された古代文字の形を間違えず表現しなければなりません。ジェスチャーができそうな古代文字として、「人」「大」「立」「天」「交」を選びました。
「『人』は、横を向いてやや前かがみになって両手を下に伸ばしましょう」「『立』は、少し腰を落として、踏んばってください」など、ひととおり練習したあとで、ジェスチャークイズを始めます。私が言う漢字の古代文字をできるだけ早く表現しようと、みなさん必死にがんばってくれます。とくに「交」のときは、両手を広げ、足を交差させて、膝のあいだを開いて腰を落とす形になり、かなりのバランス感覚が必要となります。問題を言う間隔を徐々に短くしていくことで、とてもよい運動にもなります。
また、白川博士が、72歳を過ぎてから、十年計画で字書を三冊作るという目標を立て、86歳で完成させたこと、120歳まで生きる計画を立てておられたこと、毎日規則正しい生活をし、楽しみながら仕事に取り組んでいたことなどを話したところ、生きがいをもって暮らすことの大切さを感じとってくださいました。
福井県がおこなっている「白川文字学」を活用した漢字学習では、新出漢字をただ「見て、書いて、覚える」という単調な学習ではなく、漢字を成り立ちから学び、漢字どうしのつながりを理解することで、子どもたちの知的好奇心を刺激し、学ぶ意欲を向上させています。また、クイズやいろいろなゲームを通して漢字に慣れ親しむ方法は、たいへん効果的であると思います。
「楽しみながら遊んでやろう」──これが漢字力向上の秘訣にちがいありません。
成り立ちを知れば、字形や書き順にも納得できる
子どもが、「鼻」の一部を「白」にしたり、「達」の一部を「幸」にしたりすることがあります。でも、成り立ちを知っていると、間違えることがなくなります。
「鼻」の字の一部である「自」は、もともと「鼻」を意味する字でした。
ところが、「鼻」の意味から「おのれ、みずから」の意味に変わってしまいました。そのため、「自」に鼻息の音である「畀」という字を加えて、「鼻」という字が作られたのです。
「達」のしんにょう以外の部分である「 」は、もともと「羍」という「大」の下に「羊」がある形でした。うしろから見たメスの羊の腰の下に子羊が生まれ落ちる形を表しています。
「右」と「左」という字の一画目をどこから書きはじめればよいのかということについても同様です。「右」という字は「又」と「口」、「左」という字は「 」と「工」からできています。もともと「又」だけで「右手」を、「 」だけで「左手」を意味していました。「右」の一画目の書きはじめを「又」にあてはめて「丿」から、「左」の一画目の書きはじめを「ナ」にあてはめて「一」から書くようにすれば、間違えなくなります。
なお、漢字の成り立ちには、現代からみると怖いと思えるような古代の風習や考え方を表す文字もあります。たとえば、「真」「幸」「道」という字があげられますが、それぞれ「行き倒れの人」「手かせ」「敵の首を持って道を行く」という意味があります。
名前に多く使われるような字で、昔といまとでは意味が大きく違うような場合、かならず現在の意味もあわせて強調してあげてください。いまでは、「真」という字には「いつ、どんなときでも変わらない正しいものごとの筋道(真理)」、「幸」には「幸せ、幸い(幸福)」という意味があり、「道」には「すぐれたおこないや人柄」などの意味もあります。
*──人名に使える漢字は2997字(戸籍法施行規則第条)。常用漢字(2136字)と人名用漢字(861字)をあわせた数です。人名には、読みの規定や制限がないので、近年は難読な名前が増えています。
(おわり)
[イラスト:たかは さち]
出典:今村公一『福井発 オモシロ漢字教室』太郎次郎社エディタス、2013年
今村公一(いまむら・こういち)
1963年、福井県生まれ。中学校教員を経て、2009年より4年間、福井県教育庁生涯学習・文化財課で「白川文字学」に関する講座の講師をつとめ、『白川静博士の漢字の世界へ』(福井県教育委員会編・発行、平凡社発売)の執筆を担当。さまざまな漢字カードゲーム等を考案・作成した。
第9回白川静漢字教育賞最優秀賞受賞。
現在、南越前町立南条小学校長。