きらわれ虫の真実│第1回│カメムシ——いまこそ汚名をそそぎたい!│谷本雄治
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第1回
カメムシ——いまこそ汚名をそそぎたい!
【虫の履歴書】カメムシ類というグループの区分けそのものがはっきりせず、国内で見られるのは約3700種とされたり、約800種、約90種と紹介されたりもする。姿かたちもさまざまで、田んぼ、野菜畑、果樹園、公園と、どこにでもいる。したがって、虫探しに出かけて、1匹のカメムシにも出会わないということはまずない。
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「いざ、問わん」(虫ぎらいの某氏)
「なんじゃらほい」(ぼく)
「貴殿はなぜ、かくもカメムシに興味をもたれるのか」(虫ぎらいの某氏)
幾度となくくり返してきた問答だが、問いかける側の気持ちがわからぬでもない。
カメムシはほかの虫を襲って体液を吸う肉食系と、植物の汁を吸う草食系とに大別される。だがそんなことに関係なく、すべてひっくるめて「くさい」というレッテルを貼られているのがカメムシだろう。
これがブランド名なら、販売会社は大もうけまちがいなしだ。宣伝せずとも、評判がかってに広がっていく。
カメムシの成虫はあしの付け根、幼虫は背中にある臭腺開口部からアルデヒドの一種を出す。それが悪臭となって鼻を襲うのだが、その同じにおいを嗅いで、「カメムシって、こんなにいい香りなの?!」と驚く人がいる。
においの受けとめ方は、それほどに個人差が大きい。と考えると、「カメムシはくさい虫」という単一的なイメージもそろそろ改めるべきだろう。
外部に放出されるにおいの役割はそもそも、いろいろだ。敵を追いはらうだけでなく、仲間を集めたり、警戒を呼びかけたり、ラブコールにも使ったりするらしい。「青リンゴのにおいがする」「バニラみたい」と話題になるカメムシのにおいもあるから、ニンゲン惑わし効果もあるのかと思えてくる。
青リンゴの香りがするとよく話題になるキバラヘリカメムシ
カメムシ本の企画がもちあがったとき、担当の若い編集者が言った。「わたし、カメムシを見たことがないんです。はじめて目にして、それがカメムシだとわかるでしょうか?」
そんな大人がいるなんて、考えたこともない。だが、言われてみれば、カメムシの姿かたちをひとことで言いあらわすのは容易でない。
カメムシの名前は、カメの甲羅に由来する。だとしたら、ぼくが好むのはまさに正統派のカメムシだ。奄美大島では大きな葉に鈴なりになっているアカギカメムシを見てうれし涙を流し、近くの公園のコブシの木では毎年、「パンダカメムシ」の愛称で知られる白黒模様のアカスジキンカメムシの幼虫を見る。
アカギカメムシの集団。虫好きにはよだれが出そうな光景だが、悲鳴をあげる人もいそう
アカスジキンカメムシの幼虫、パンダカメムシ。ピエロ顔にも見えるような
そのほかにもオオキンカメムシ、ナナホシキンカメムシなど、ブローチにしたいと切望されるものがいくつもある。
越冬中のオオキンカメムシ
沖縄に行けばたいてい一度は出会うナナホシキンカメムシ。星がひとつ、ふたつ……
赤と黒のストライプ模様でダンディーなアカスジカメムシは、セリ科植物を好む。それならというので、庭にフェンネルを植えた。そうやって待つとなかなか来ないものだが、植えて3年目にやっと、対面がかなった。
アカスジカメムシの成虫
家庭菜園の小松菜に花が咲けば、どこからともなくナガメが現れる。覆面レスラーのような模様で、愛嬌のあるカメムシだ。
ナガメ。名前の菜亀は菜の花でよく見かけるから
その卵の意匠がまた、すごい。直径1ミリの樽形で、太鼓にも似る。十数個がワンセットになったものが多く、麻雀牌の筒子を思わせる。
麻雀の牌にも、どこかの国で使っていそうな太鼓のようにも見えるナガメの卵。よーくナガメてくださいよ
カメムシの卵は総じて、凝ったデザインだ。クサギカメムシのものには、どうやって描くのか尋ねてみたくなる三角マークがつく。わが菜園で大敵となるホオズキカメムシの卵は宝石さながらに輝き、ヤニサシガメの卵はケチャップのチューブ容器を思わせる。はじめて見るカメムシが美しかったり、不思議なかたちをした卵を産むものだったりした人は幸いだ。
「オペラ座の怪人」のマスク。ではなくて、クサギカメムシの卵
ホオズキカメムシの卵。宝石のようであり、ドロップのようでもあり……
田畑で嫌われるカメムシがいるのは事実だが、近ごろは小型カメムシの力を借りた農業が広がりつつある。たとえばタバコカスミカメ、クロヒョウタンカスミカメ、ヒメハナカメムシ、オオメカメムシなどが農業ヘルパーとして、ハウスの害虫駆除で活躍する。
タバコカスミカメ。たばこの吸いすぎで目がかすむ、なーんて名前の覚え方をした人がいたっけ
クロヒョウタンカスミカメ。体長は3ミリほどで、アリにそっくり
農家の味方はたいてい、小粒でピリリ。ナミヒメハナカメムシも体長2ミリほどの小兵だ
その名のとおり、目玉が大きいオオメカメムシ
残念なのは、かれらの名前を挙げても、農外の人たちには知られていないことである。カメムシこそ駆除の対象と信じてやまない人が多すぎる。
どんな理屈を並べても、とにかくカメムシを遠ざけたいという気持ちも理解はできる。
だったら、どうするか。
薬剤を使いたくないなら、美しさに見とれず、卵のうちに処分することだ。出遅れて幼虫、成虫になったら、気の毒だが、粘着テープではりつけの刑にする。
洗濯物にくっついていないかを確かめ、網戸の破れを調べ、明かりが漏れないカーテンにとりかえるのもいいだろう。
わが家では容器にふるい落としたのち、飼っているヒキガエルに進呈するのがもっぱらだ。喜んで食べてくれるので、一家に1匹、カエルの飼育を勧めたい……のだが、もしかしたら、カメムシ以上に嫌われるかもね。
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本家本元:カメムシはむかし、「ホオ」「ホウ」と呼ばれた。その古語に従えば、ホオズキカメムシこそ由緒正しきカメムシだ。ホオが好む植物だから、「ホオ好き」転じてホオズキになったとか。赤い実をつけるのは、汁を吸われて怒っているせいだろうか。
カメムシのなかのカメムシ、ホオズキカメムシ
谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。