科学のバトン│第8回│好きなことを貫く先に、道はできてくる│平澤桂(水族館飼育員)

科学は人から人へ、どう受け継がれるのか。多彩な執筆陣が、みずからの学びとその継承をふり返る。

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好きなことを貫く先に、道はできてくる
○○少年たちへのメッセージ
平澤桂(水族館飼育員)

恩師略歴●三田村敏正(みたむら・としまさ/1960年-):
東京都生まれ、東京農工大学農学部蚕糸生物学科卒業。ヤママユガ科の生態を研究しながら水生昆虫を中心とした生態、分布調査を実施。ヤママユの研究で博士(農学)取得。単著に『繭ハンドブック』(文一総合出版)、共著に『日本のヤママユガ』(むし社)、『タガメ・ミズムシ・アメンボハンドブック』『ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック』(ともに文一総合出版)など。

恩師略歴●吉井重幸(よしい・しげゆき/1955年-):
福島県生まれ、山形大学農学部農芸化学科卒業。福島県の水生昆虫の生態、分布を調査している。子ども向け観察会などで採集や観察のしかたなどを指導。共著に『タガメ・ミズムシ・アメンボハンドブック』『ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック』(ともに文一総合出版)がある。


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新しい水族館で水生昆虫を紹介できることに

 2015年4月25日、福島県猪苗代町にアクアマリンいなわしろカワセミ水族館(以下、カワセミ水族館)がオープンした。カワセミ水族館では、「湖沼群を通して人と地球の未来を考える」をコンセプトに、福島県内に生息する淡水生物を中心に展示している。

 そのなかに、「おもしろ箱水族館〜生物多様性の世界〜」として、20cmキューブ水槽をショーウィンドウのように約80本並べ、ひとつの水槽に1種類ずつ生きものを展示するコーナーをつくった。ここには、県内に生息するゲンゴロウの仲間や、カエルの仲間を展示した。国内で知られているゲンゴロウの仲間は、コツブゲンゴロウ科、ゲンゴロウ科、あわせて154種(2023年2月現在)が知られており、福島県内では52種も確認されている。カワセミ水族館では、福島県内のゲンゴロウ類を中心に約30-40種ほどを展示している。

 ゲンゴロウというと、体長約4cmで、ナミゲンゴロウ、オオゲンゴロウなどともよばれている、いわゆるゲンゴロウを想像すると思う。しかしじっさいには、1円玉(直径2cm)より大きい種類は、いわゆるゲンゴロウをふくめても10種類ほどしかいない。このコーナーでは、小さなゲンゴロウにも形や模様が違うたくさんの種類がいることを知ってもらいながら、水生昆虫の多様性について紹介している。

平伏沼で採集した、気になるゲンゴロウ

 この連載の前編でも紹介したが、2017年に文一総合出版から『ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック』と『タガメ・ミズムシ・アメンボハンドブック』を出版した。県内でも話題になり、2019年6月、福島県双葉郡川内村から、モリアオガエルの産卵地として知られている平伏沼へぶすぬまでの観察会をしてほしいと、著者3人(三田村さん、吉井さん、筆者)に依頼が舞いこんだ。

 観察会はモリアオガエルの観察が中心だったが、われわれ3人は、あわせて、この沼にどのような水生昆虫がいるのかを調べ、参加者に紹介することになった。平伏沼は広さ12アールほどの小さな沼で、周囲は落葉樹に囲まれている。ここでは、種類数は多くないものの、いくつかのゲンゴロウの仲間やアメンボ、ミズスマシの仲間も見ることができた。

 採集したゲンゴロウの1種に、体長3.8mmほどのコウベツブゲンゴロウ(以下、コウベ)がいた。このコウベの仲間は、前年の2018年に、ニセコウベツブゲンゴロウ(以下、ニセコウベ)が新種として「記載」されたばかりであった(Watanabe & Kamite, 2018)。福島県では、もともとコウベの生息だけが知られていたのだが、私は、ニセコウベの記載論文を読んで、じつは福島県にはコウベは生息しておらず、ニセコウベが生息しているのではないかと考えるようになり、県内の記録を整理して発表しようと考えていた。

 そのようなあいまいな状況ではあったが、私は参加者に、「この平伏沼で採集されたコウベは、おそらく2018年に新種になったニセコウベというゲンゴロウだよ」と、経緯とともに紹介していた。子どもたちは、「新種!」と目をキラキラ輝かせて反応してくれた。大人たちも、「新種ってまだ見つかるのですね」と、身近にまだ発見があることに驚いていた。

新種「ヒラサワツブゲンゴロウ」の発見

 観察会は無事に終わり、このとき採れたゲンゴロウの個体は標本として保管した。同年11月、この個体のほか、これまで県内で採集していたこの仲間すべてについて、顕微鏡下でゲニタリア(交尾器)を抜いて、種の確認をおこなった。すると、この平伏沼の個体と双葉町の個体のゲニタリアの形状に違和感を覚えた。そのため、この仲間の研究をしていた石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員に問い合わせて、確認していただいたところ、この平伏沼の個体はコウベでもニセコウベでもないことがわかった。

 渡部さんからは、生時の個体を送ってほしいと依頼された。翌年の2020年4月に、川内村役場に平伏沼の調査許可を得て、採集をおこなった。4月とはいえ、標高800mを超える平伏沼は、気温も水温も低く、まだ残雪もあった。そんななか2時間がんばって、なんとか3頭採集し、渡部さんに送ることができた。その後、このゲンゴロウは新種でまちがいないことがわかり、発表を楽しみにしていた。

 この年の年末に、渡部さんよりサプライズのメールが届いた。そこには、本種の学名は、発見された「平伏沼へぶすぬま」にちなみLaccophils hebusuensis、和名は、なんと筆者の名前「ヒラサワ」を献名いただき、ヒラサワツブゲンゴロウとしました、と書かれていた。

 このメールを見たとき、胸の高鳴りがおさまらなかった。自分の名前がついた生きものが世に出されること、自分自身が大好きなゲンゴロウに名前がつくこと。同じツブゲンゴロウ属には、著名な研究者の名前がついたゲンゴロウがいる。そこに、私の名前がついたゲンゴロウが名を連ねることに、いままでないくらい興奮したことを鮮明に覚えている。

ヒラサワツブゲンゴロウ
ヒラサワツブゲンゴロウ

 本種は、サプライズ報告から約1か月後の12月30日に出版された日本昆虫分類学会の学会誌「Japanese Journal of Systematic Entomology」に、渡部さんと名古屋衛生研究所の上手雄貴研究員によって新種として記載・発表された(Watanabe & Kamite,2020)。そして、年明けの2021年1月6日より、石川県ふれあい昆虫館とカワセミ水族館で、本種の世界初生体展示を開始することになった。

 こういう現場で働いていると反響も大きく、福島県で見つかった新種ということ、本種が発見された平伏沼は詩人の草野心平が愛した地ということで、多くの地元メディアでもとりあげていただき、冬期にもかかわらず、多くの来館者に恵まれた。筆者にとって、思い入れのある大きな出来事のひとつであった。

正体不明、羅臼町のミズムシ

 さて、時間は少しさかのぼり、2019年12月のこと。ちょうど平伏沼のゲンゴロウを調査していたのと同時期に、当時知人から譲り受けていた北海道知床にある羅臼町の水生昆虫の選別をおこなっていた。そのなかに気になるミズムシの仲間があった。

 ミズムシというとむずがゆくなりそうだが、このミズムシはれっきとした水生昆虫である。ご年配の方なら、「風船虫」といえば、知っている方も多いのではないかと思う。

 水の入った透明のコップなどに紙片を沈めて、ミズムシを入れる。ミズムシが紙片につかまると、ミズムシの浮力が勝り、浮いてくる。しかし、ミズムシは水底に脚でしがみついて体を固定し、とどまる習性があるため、紙片を放して水底に移動し、そこでまた、紙片をつかむことをくり返す。紙吹雪のように紙片が舞っているなか、紙片をつかんで浮いてくる姿が、まるで風船のように見えることから、ミズムシは「風船虫」とよばれている。

紙片をつかんで浮いてくるミズムシ。写真提供:三田村敏正
紙片をつかんで浮いてくるミズムシ。写真提供:三田村敏正

 このミズムシの仲間は、日本では8属30種が知られていた(2020年12月現在)。ミズムシの仲間は、オスのぜんしふせつのペグ列を見ることで、種の判別につながる。知床の個体を顕微鏡で観察すると、これまで国内で知られていた種類のどれにも当てはまらないことがわかった。

ミズムシ(オス)の前肢跗節に点々と連なるペグ列
ミズムシの仲間(オス)の前肢跗節に連なるペグ列(写真は羅臼町の個体)
日本初記録「ラウスミズムシ」の発見

 あわてて三田村さんに連絡をとり、2020年1月にいっしょにこの個体を確認していただいたところ、国内に生息している同属(Arctocorisa属)のチシマミズムシ(Arctocorisa kurilensis)にもよく似ていることがわかったが、頭部背面、頭部側面、濾状器と専門的な部位を調査していくと、チシマミズムシとも違うことが明らかになった。

 われわれだけで判断するよりも、Arctocorisa属の専門家であるエレーナ・V・カニュコーヴァ博士に同定を依頼したほうが、お墨つきももらえると考え、連絡をとることにした。これを機会にロシアに行って、ご本人に会うことも考えたが、ちょうど新型コロナウイルスが流行りだしたばかりということもあり、それはかなわなかった。カニュコーヴァ博士にメールで連絡したところ、博士もまたコロナ禍で職場にも行けない状況であることがわかった。そのため、必要な部位のできるだけ鮮明な写真を送り、それを見ながら同定してもらえることになった。

 その結果、本種はArctocorisa carinata lansburyiという種で、日本では初記録のミズムシの仲間ということが判明した。本種の生息地であるシベリア南のアルタイ山脈から直線距離で約2000キロ離れた知床羅臼町での発見であった。和名は、発見された町にちなんで「ラウスミズムシ」とし、2020年12月の「月刊むし」に日本初記録種として掲載された(平澤他, 2020)。この発見により、現在、ミズムシの仲間は8属31種(2023年2月現在)となっている。

ラウスミズムシ
ラウスミズムシ

 2020年は激動の年で、ラウスミズムシの国内初記録と、自身の名前を献名いただいた新種、ヒラサワツブゲンゴロウの発見と、幸せな1年を締めくくることになった。しかし、新発見の連鎖は、まだ続いていた。

青森だけで見つかっていたホソガムシが福島にも?!

 2018年7月に、福島県内でホソガムシ科の仲間のチュウブホソガムシを採集しているときのことだった。ホソガムシの仲間は、それまで国内では、ホソガムシ、ヤマトホソガムシ、チュウブホソガムシ(以下、チュウブ)、キタホソガムシの4種が知られていた。そのうちホソガムシは、青森県だけで確認されている種であった。

 ホソガムシ科にくわしい知人に採集方法を教えてもらいながら、三田村さんもいっしょに採集をおこなっていた。そのとき突然、その人が、「チュウブよりもひとまわり大きなホソガムシが混ざっている」と言ったのだ。「目視では確実なことは言えないが、おそらくホソガムシだろう、と! 一同歓喜に沸き、すぐに各々が黙々と本種を探す没入タイムに入った。その場には、「大きいのがいた!」「これ、大きいのであっているよね?」と、歓声と疑心暗鬼の声が入り混じっていた。

 このとき私は、チュウブにくらべて少し大きいホソガムシの仲間を、5頭、採集することができた。少し大きいといっても、チュウブは体長2.4-2.5mmほどしかないため、3mmに満たない個体であった。顕微鏡を持ち合わせていなかったので、つかまえた個体は、感覚的に分けて標本箱に入れた。これがホソガムシであれば、福島県初記録となる。

  このときのホソガムシたちは、このあと2年半ほど標本箱のなかで眠りつづけることになった。これらは、計測してみると、体長2.7mmと、チュウブよりも0.2-0.3mmほど大きいだけだが、このサイズの虫を数多く見ていると、その差でも大きく感じることができ、小さな虫だとは思わなくなっていた。

チュウブホソガムシ
チュウブホソガムシ
チュウブホソガムシより少し大きい謎のホソガムシ
チュウブホソガムシより少し大きい謎のホソガムシ
ほんもののホソガムシをこの目で見たい

 顕微鏡を購入し、ラウスミズムシやヒラサワツブゲンゴロウの新発見が続いていた2020年、私は、2018年につかまえていたホソガムシの仲間について、福島県初記録のホソガムシとして、福島虫の会の会誌「ふくしまの虫」に投稿する準備をしようと考えていた。これについても、手元の標本を眺めていると違和感を覚え、じっさいにホソガムシを見てみたいと思うようになり、2020年の10月に、三田村さんと青森採集旅行を決行することとなった。三田村さんは水生半翅類はんしるい、私はホソガムシを、採集旅行の目的とした。

 そのころはコロナ禍の最中で、出発してからしばらくすると、三田村さんの青森の知人から、市内で集団感染がでたという情報をいただいた。海産物や地元の料理を堪能しようとしていたふたりにとっては残念な連絡ではあったが、念には念を入れ、3日間コンビニ弁当ですますことにした。そんな、いささか窮屈な旅行ではあったが、採集じたいはとても楽しいものであった。

 じっさいにホソガムシが生息している地域の沼で、知人に教わった方法で採集をしていると、ポコポコとホソガムシ科の仲間が水面に浮いてきた。しかし、どれも小さく、体幅が細いチュウブばかりであった。チュウブにくらべて大きく、体幅も太めの個体は、結局2頭しか採れず、帰宅後検鏡したところ、この2頭だけがホソガムシで、それ以外はチュウブであった。

青森県で採集したホソガムシ
青森県で採集したホソガムシ

 ついに手に入れたホソガムシを撮影してみた。多少の違和感が残っていたが、三田村さんと相談しながら、福島県初記録として、「ふくしまの虫」に投稿する準備をすることにした。あれこれ体裁を整えていたのが、12月のことで、ちょうど、国内初記録のラウスミズムシが「月刊むし」に掲載され、ヒラサワツブゲンゴロウが、渡部さんと上手さんによって新種として記載されたころだった。

謎のホソガムシの正体

 新種記載をいつか自分でもしてみたいと強く思っていた矢先だったこともあり、投稿前に再度、撮影したホソガムシの写真と関連文献(佐藤・吉冨, 2005)を読みなおした。そして、このときはまだ交尾器を抜く作業に不慣れで、個体もわずかしかなかったが、悩んだ末に、2018年に福島県内で採集した5頭の標本を軟化し、交尾器を抜いてみることにした。すると、これまで知られていた4種とは異なり、本種は中央片がただ細長く、ある意味特徴のあまりない形をしていた。このとき私は、一瞬パニックになると同時に、なぜもっと早く確認しなかったのかと自責の念に駆られた。

 すぐに三田村さんに連絡し、これまで確認されている4種とは違う交尾器をもっていることを伝え、ホソガムシ科にくわしい愛媛大学の吉富博之准教授の連絡先を聞いて、すぐにメールした。吉富さんからは、これらは考えていたホソガムシとはぜんぜん違うもので、少なくとも国内未記録種との連絡をいただいた。自分で新種を記載してみたい——少しまえに思っていたことが、突如、目の前にやってきたのだ。

 この時点ではまだ、国内初記録種か新種かは不明であった。吉富さんとやりとりを進めていくなかで、まずは日本周辺のホソガムシ科の記載論文を読み、あわせて国外に同種が生息するかも確認してみましょう、という話になった。

 記載論文を吉富さんからいただき、片っ端から読むこととなった。英語が苦手な自分にとっては思った以上の時間がかかり、休みの日は朝から晩まで論文とのにらめっこが続いた。すべて確認するのに2か月ほどを要した。結論として、どうやら国外にも同種が存在しないことがわかった。新種が発見されたのだ。

みずから新種記載した「バンダイホソガムシ」

 吉富さんから、「こちらで記載しますか? ご自身でやりますか?」と聞かれた。「ご迷惑をおかけしますが、共著での記載ということで、ご指導いただけないでしょうか」とお願いしたところ、ご快諾いただいた。

 まさか、こんなにすぐに、自分自身が新種を記載する機会が訪れるとは思いもよらなかった。しかし、進め方がまったくわからない。吉富さんから直接指示をいただくのと並行して、記載方法について書かれた書籍を読んだ。

 今回は、甲虫学会の英文誌「Elytra New Series」に執筆したのだが(Hirasawa & Yoshitomi, 2021)、英語の論文を書くこともはじめての経験で、これにはひじょうに苦戦した。基礎知識がないなかではじまった論文執筆は、とてもつらかったが、同時に、学ぶことの多い濃密な時間を過ごすごとができ、心地よくもあった。

 分類作業にあたり、本種をふくめ、ホソガムシ科5種の検索表の作成や雌雄の各部位の計測などもおこなった。私のような分類の素人に最後までつきあい、丁寧にご指導くださった吉富さんには、いくら感謝してもしきれない。この場をお借りしてお礼申し上げたい。

 記載を進めていくなかで、種の和名と学名も決めなくてはならない。これについては、新種とわかったときに、これというものが頭のなかに浮かんでいた。磐梯山ばんだいさんを望むエリアで発見され、この時点では国内ではこの場所でしか見つかっていない種であったことから、和名は、「バンダイホソガムシ」。学名は、私が福島県に来て昆虫の世界にどっぷり浸かるきっかけをつくってくれた恩人、三田村敏正氏に献名し、「Hydrochus mitamurai」としたいと思っていた。

 吉富さんにご相談したところ、命名は第一著者の意向に沿うとの回答をいただいた。はじめて記載した虫の名前に、大好きな地名と、恩人の名前をつけることができたのは、ひじょうに喜ばしいことであった。

日本産ホソガムシ5種。左上段からヤマトホソガムシ、ホソガムシ、バンダイホソガムシ、チュウブホソガムシ、キタホソガムシ。下段は各上翅
日本産ホソガムシ5種。左上段からヤマトホソガムシ、ホソガムシ、バンダイホソガムシ、チュウブホソガムシ、キタホソガムシ。下段は各上翅(じょうし)
バンダイホソガムシの上翅会合部。末端の切り欠き状が特徴
バンダイホソガムシの上翅会合部。末端の切り欠き状が特徴

 新種・バンダイホソガムシは、地元メディアにも多くとりあげていただき、反響も大きかった。両親が喜んでくれたことが、なによりうれしかった。

「何かひとつ武器を持て」

 すでにお話ししたように、私は大学で専門的な勉強をしていない。ただ生きものが好きで、それにかかわる仕事につきたいという思いだけで、紆余曲折はあったが、偶然に偶然が重なり、奇跡的にアクアマリンふくしまの飼育員に採用され、アクアマリンいなわしろカワセミ水族館とあわせて、20年以上も務めることになった。多くの出会いがあり、たくさんの方に育てていただいたおかげで、いまの自分がいると思っている。

 まさかこんなに昆虫の仕事に携わることができるとは考えていなかった。いまでも忘れられないことばだが、水族館に勤めはじめたころ、ある上司から「何かひとつ武器を持て」と言われた。私の勤める水族館には、サンゴ礁の魚、北方系の魚、地元の魚、エビ、カニ、サンゴ、水草、淡水魚などの生きものがいる。そのなかで自分が得意とするものは何かといえば、それは「昆虫」という分野なのかなと漠然と考えていた。当初、水族館で昆虫なんて、という現場の雰囲気もあったし、自信があったわけでもないが、それを貫きとおした結果、多くのことを経験させてもらえた。

 その原動力となったのが、2008年の三田村さん、吉井さんとの出会いであった。昆虫だけではない。県内の多くの生きもの関係者とのつながりは、三田村さんからいただいた大切な宝物である。

フィールドでの恩師からの学び

 フィールドでの三田村さんには、いつも驚かされる。私は水生昆虫ばかりに目が行ってしまうのだが、三田村さんは、そこにいる昆虫類全般に行き届く観察眼を持っている。蝶や蛾、バッタの仲間、クモの仲間まで、どうしてそんなにあちこちに目を配れるのか。そのアンテナの張り方には、私には到底およばないものがある。

 調査や採集後の成果を拝見するといつも、そんなものまで採集していたのかと驚かされる。しかも、水生昆虫に限れば、私自身が採りたいと思って、がんばって探しても採集できなかったときでも、決まって三田村さんの採集成果にはそれがふくまれている。たんに私の採集がヘタだからというのはじゅうぶんにわかっているが、なんとも言えない敗北感を感じることがある。

 ただ、このくり返しのなかで、自分の採集方法も変わっていって、水のなかだけでなく、まわりの生きものへ目を向けるきっかけになっていったと感じている。うまくことばにして表現できないのだが、フィールドに出ることに特別感を感じることが少なくなって、日常になっていったことや、その場の生きものとの一期一会を楽しめるように変わっていったのかもしれない。

三田村敏正さん(左)と筆者
三田村敏正さん(左)と筆者

 吉井さんからは、フィールドでのいろはを教わった。とにかくフィールドをよく知っている方で、出会った当初は、休みのたびに県内あちこち採集に出たのを思い出す。多くのフィールドでの経験が、生きものの分布などの知識が自分の糧となり、自信となったことはまちがいない。

 先日、吉井さんと話をしていて、私は話を聞くまで記憶になかったのだが、吉井さんを妻にはじめて紹介したとき、吉井さんは妻に、「悪いおじさんと知り合ってしまいました。ご迷惑をおかけします」と言ったそうだ。私としては、迷惑などとは当然思っていないが、好きなことをさせてくれる妻には感謝しかない。

吉井重幸さん(右)と
吉井重幸さん(右)と
かつての昆虫少年から、いまの昆虫少年へのバトン

 おふたりといっしょに過ごすなかで、おふたりがこれまで培ってきたことを学び、自分自身の知識の引き出しがじょじょに増えていった。そんななか、2015年にカワセミ水族館がオープンした。ここは淡水の水族館で、自分の得意分野と言えるようになった水生昆虫を中心とした展示コーナーを創ることができた。地元のテレビや新聞などで自分自身の経験をお話しする機会が増え、来館されるお客さまから声をかけていただくことがひじょうに多くなっていった。

 水族館で質問をしてくる子どもたちには、なるべく時間をかけて話を聞かせてもらうようにしている。とくに夏休みは、自由研究のテーマや内容などの相談を受けることがある。印象的だったのは、東京から来館した少年で、水族館に来るまえにゲンゴロウ類の幼虫を採集してきていて、その幼虫の飼育過程について自由研究の題材にしたいので、どうしたらよいかと言う。幼虫の上陸のタイミングや上陸させる土の湿りぐあいなど、たくさんの質問をしてくれた。ちょうどその時期、バックヤードで飼育していたゲンゴロウ類の幼虫がいたため、「見てみる?」と聞くと、目を輝かせて「見たいです!」と元気な返事をした。じっさいに幼虫を見せながら、餌を紹介したり、上陸用の土の使い方を見てもらったりした。

 少年は熱心にノートにメモをとっていた。こういうときは、こちらもうれしくて、こちら側の思いをいっきに話してしまいがちなのだが、メモをとっている子には、なるべくゆっくりと、同じことを何度か伝えるように気をつけている。私自身も、小さいころ、大人の話をメモしていて、聞きなおすことができなかった思い出があるからだ。

 この少年のような、何かに興味をもつ子どもの姿には、こちらがドキドキしてしまう。お客さまに夢を与える仕事をしているんだなと、とてもうれしく思い、気持ちが引き締められる。

 その翌年の夏、少年が学校で賞をとったという報告とあわせて、そのときの研究ノートを持参してきてくれた。こういうつながりというのは飼育員冥利に尽きるとともに、賞をとる云々よりも、子どもたちが、何かに興味をもつ姿を間近で見られることをうれしく思う。人生のなかで、小学生を卒業しても昆虫少年でいつづけるということは少ないかもしれない。しかし、虫だけにかぎらず、生きものとのかかわり方は人それぞれなので、水族館での体験が、人生のひとつの選択肢につながるきっかけになるのであれば、こんなにうれしいことはない。

 この原稿の読者に若い方がいるなら、ぜひがんばってほしい。どんな道でも、自信があろうがなかろうが、貫きとおせると思える好きなことを、なんでもいいから持ってほしいと思う。これから歩む人生のなかでの糧になるはずだ。私も、まだまだ好きなことに邁進しつづけたい。

参考文献:

Hirasawa,K. & H. Yoshitomi, 2021. A New Species of the Genus Hydrochus (Coleoptera, Hydrochidae) from Fukushima, Northeastern Japan. Elytra, Tokyo, (n. ser.), 11: 301–305.

平澤桂・三田村敏正・高橋法人(2020), 北海道から採集された日本初記録の大型ミズムシ,Arctocorisa carinata lansburyi Jansson, 1979.月刊むし(599):10-11.

Watanabe, K. & Y. Kamite, 2018. A New Species of the Genus Laccophilus (Coleoptera, Dytiscidae) from Japan. Elytra, Tokyo, (n. ser.), 8: 417–427.

Watanabe, K. & Y. Kamite, 2020. A New Species of the Genus Laccophilus (Coleoptera: Dytiscidae) from Eastern Honshu, Japan, with Biological Notes. Japanese Journal of Systematic Entomology, 26 (2): 294–300.

平澤桂(ひらさわ・けい)

(公財)ふくしま海洋科学館、アクアマリンいなわしろカワセミ水族館勤務。1976年、東京都生まれ。ゲンゴロウ類を中心とした水生昆虫類、海浜昆虫の調査、研究、保全活動をおこなっている。日本甲虫学会会員、日本昆虫分類学会会員、日本半翅類学会会員、日本冬虫夏草の会会員、福島虫の会事務局、福島県ふくしまレッドリスト見直し調査隊昆虫類、両生爬虫類分科会委員。共著に『タガメ・ミズムシ・アメンボハンドブック』『ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック』(ともに文一総合出版)、共同執筆に『昆虫館はスゴイ!』『昆虫館はスゴイ! 2』(ともにrepicbook)がある。