本だけ売ってメシが食えるか|第4回|不動産はご縁です|小国貴司

本だけ売ってメシが食えるか 小国貴司 新刊書店員から独立して古書店「BOOKS青いカバ」を開店して5年。「本」という商品を売る仕事の持続可能性を考える。

新刊書店員から独立して古書店「BOOKS青いカバ」を開店して6年。「本」という商品を売る仕事の持続可能性を考える。

第4回
不動産はご縁です

独立を思いたった日

 独立を考えたきっかけはなんだっただろう。

 お店を持ってみたいと思える魅力的な場所が、その気もちを大きく後押しするのは間違いない。

 あるとき、駒込駅にほど近い霜降り銀座商店街を散歩していた。すると、その並びに小さな物件があり、募集中の貼り紙がしてあった。近くに一軒の本屋(フタバ書店さん)があり、中をのぞくと「自分の本棚?」と思えるほど、しっくりくる品ぞろえだった。

「こんな場所で自分の古本屋が開けたら最高だろうな」と思った。いつもならそれで終わるはずだった。が、その日はなにかが違っていた。じっさいに物件の問い合わせをしてみたのだ。

 家賃と広さを聞くと「ちょっと古本屋としては難しいか」という賃料だったので、「まぁ、そうだよな」という感覚だったが、いっぽうで「この立地(商店街のど真ん中)でこの価格なら、探せばもっとあるんじゃないか?」という気がした。グッと、自分の店を持つという夢が近づいた瞬間だった。

 思えば駒込駅は学生時代、古本屋に行くためによく降りていた駅だ。読みたいと思う本が、かならずといっていいほど見つかる本屋があった。でも、今はほとんどが姿を消していた。もし、ああした古本屋の品ぞろえの多くが地域からの買取で成り立っているのなら、つまりは自分らしい古本屋を開ける土地であるということだ。「駒込駅を第一候補にお店を探そう」と思った。

 たぶん、それが2016年の3月くらいだったと思う。そこから行動に移るのはかなり早かった。Twitterアカウントを見ると2016年の5月に開設されているので、おそらく2か月以内にはじっさいに動きだしていたことになる。休みの日の古本屋通いにもこれまで以上に熱が入る。なんてったって、それが「いつかお店を開くときに使えるもの」から、現実的な「店の初期在庫集め」になるわけだから。

 店をやるならなにが必要だろう、と考えたとき、まず最初に思ったのは、ロゴだった。お店のシンボルを考えなければと思ったのだ。しかも、気合をいれて用意しよう、と思った。そしてデザインをお願いするとしたら、error403さんだった。エラーさんにロゴ制作をおそるおそるお願いしたときにもし断られていたら、お店はやらなかったと思う。なので、青いカバとして(店名はまだ決まっていなかったが、カバをキャラクターにしようということは、なぜかなんとなく決まっていた)、最初の仕事がエラーさんへのロゴの依頼というわけだ。

 なぜ、ロゴだったのだろう。これは出版社からの影響も深層心理では大きかった気がする。ロゴは思っているよりも遠くまで店を届けてくれる。晶文社のサイのマークは、どんな本であってもなんとなく統一のイメージを与えてくれるし、そういうロゴがあるからこそ親しみも増す。自分のお店にもそんなことを考えていた。

 自分がお店を開く以上、専門店でしっかり修業をした身ではないのだから、なにかのジャンルを極めるような店ではない。それよりもどちらかというと、「普通の」本屋に近い品ぞろえだろう。もちろん古書である以上、店主のフィルターは入る。値付けするのは自分だし、店に並べるものを選ぶのも自分ひとりだ。

 専門店であれば、少数の人から買い、少数の人に渡す、もしくは市場のなかから特定のものだけを買い集めるというスタイルで商売になるかもしれないが、そうではない本屋はできるだけなんでも買って、なんでも売らなくてはならない。自分がいちばん楽しいと思えるのも、やはりそういう店だ。「基本的にはなんでもある、だけれど、ほかとは違うなにかがある」というコンセプトで食べていくためには、できるだけ遠くまでボールが届かないといけない。

「本に興味がない人でも、買う気さえあればなにかが見つかる店」をつくるためには、できるだけ多くの人に届いたほうがいい。そんなことを考えてお店のコンセプトづくりを始めた。

コンセプトづくりのつぎは物件探し

 先に書いたとおり候補地は、開業を考えたときから駒込だった。

 とはいえ、駒込だけでは合う物件が出てくるかどうか不安ではあったので、池袋、谷根千(谷中・根津・千駄木)、千石、白山と情報をとっていたが、大好きだった中央線沿線はあまり考えず、東京の東側にお店を開きたいと思っていた。西側だと家からの距離が離れてしまうというのもあるが(なぜ独立してまで何時間もかけて通勤をしなくてはいけないんだ!)、それよりも駒込にもっていたイメージが根強い。学生時代は池袋周辺を根城にしていたので、通学経路にある古本屋には毎日のように出入りしていた。そのなかでも、池袋と駒込のお店には、好みの本が並ぶことが多かった。

 池袋でもつぎつぎと古本屋さんが消えていくが、駒込も同様で、学生時代に足しげく通ったお店はすでになかった。古本屋がなくなった町でもう一度古本屋をやろうとしているわけだから、普通に考えればおかしな話なのだが、古本屋の場合、並んでいる商品は足下商圏からの買取が多いはずなので、自分の好みに近い店がある=自分のやりたい店ができる、ということでもある。これは時間をかけて何度も何度も通いつづけないと見えてこない傾向もあるので、20年弱のあいだ休日のたびに古本屋を定点観測していたことは、開業するにあたって大きな財産にはなった。

 お店に来た人から「自分も将来、古本屋をやりたくて」と相談されることもたまにあるが、なかにはまったく古本屋に行ったことがない人もいる。そういう人は1年間でいいから、毎日でも毎週でも定点観測をする古本屋をつくるといいと思う。修業というと働くことを考えがちだけれど、お客として足しげく通い、買い物をすることもまた修業になる。

 というわけで、独立するまでに見た物件は、ほとんどが駒込とその周辺にあった。

 2016年の9月に会社員として最終出勤をし、店を開店したのが2017年の1月。辞めるときには物件が見つかっていたかというと、まったくそんなことはなく、辞めてから1か月ほどで「たまたま」見つかっただけだ。内見した物件は数十軒、そのうち申し込みをした物件は、今の店を含めて3軒だ。

 不動産屋で契約したことがある人はわかると思うが、物件を借りるにあたっては、まず申し込みをする必要がある。そのとき、申し込んだ順に1番手、2番手、3番手と順番がついていく。その順で不動産屋さん・大家さんと契約交渉をしていくのだが、住居と違って商売の場合はクリアしなければならないことがいろいろある。やりたいのが飲食店だった場合は水回りやキッチンの設備が必要だし、業種によって、そこで開業可能かの判断をつけていかなくてはならない。契約が不調に終わり1番手が降りたら、2番手に話が回ってくるというわけだ。

 本屋は特殊な設備がいっさいいらない業種なので、契約交渉なんていうものはほぼないに等しいのだが、それ以外の業種は1番手が降りるということはママある。それでも2番手、3番手以降が不利なことに変わりはない。

 自分が3件申し込んで、3件目の今のお店に決まったのは、なんのことはない、1件目と2件目は2番手で、3件目が1番手だったからだ。こればっかりは自分ではどうしようもない「運」の要素がひじょうに強い。

 ただ、もし自分が2番手だった1件目と2件目のどちらかであったらこの商売を続けていられただろうかと考えると、少々心もとない。場所はどちらもよかったし、そのときは申し込みをしたのだから「借りたい!」と思っていたのだが、じゃあ今のお店と比べたら……。どう考えても今の場所でよかったと思う。

 つまり、まえのふたつの物件が2番手だったことは、ほんとうにほんとうに運がよかった。もしあれですんなり契約できていたら(それはそれでがんばっただろうが)、今の場所ほどの満足度は得られなかっただろう。もちろん違った世界線では、さらに探した4件目・5件目で契約して同じようなこと思っている自分もいるのかもしれないが……。

 物件が見つからず焦っていたとき、「不動産はご縁」と不動産屋に言われた。そのときは「クソな言い訳すんじゃねーよ!」と思ったが、今なら本当にそう思います。不動産はご縁です。

 

小国貴司(おくに・たかし)
1980年生まれ。リブロ店長、本店アシスタント・マネージャーを経て、独立。2017年1月、駒込にて古書とセレクトされた新刊を取り扱う書店「BOOKS青いカバ」を開店。

BOOKS青いカバ