本だけ売ってメシが食えるか|第5回|店をより具体的にイメージする|小国貴司
第5回
店をより具体的にイメージする
店の雰囲気を左右する棚割り
よい物件に出会い、物件探しがひと段落してつぎにやることは店内のレイアウトだ。
正式な縮尺の図面をもらい、「どうやったら最大の在庫量を確保しつつ、圧迫感のない棚を組めるか」を考えた。通路幅はせまくても80センチは欲しい (とはいうものの棚前に商品を置いているいまは60センチもないかもしれないのでそれはそれとして……)。壁まわりには高い棚を配置して、中什器(店の壁側ではない自立する什器)は低めで、と考えていくと、おのずと配置するジャンルが決まってくる。
専門書店ではなく、できるかぎりさまざまなジャンルを置くお店を想定して、かつ新刊書店のような一周すればどこに何が置いてあるのか、大まかなところはわかるつくりにしたかったので、当初から棚のジャンル分けはしっかりやりたかった。これは自分の出自が新刊書店だから、ということもあるだろう。ふつうの古本屋ではあまり考えないことかもしれない。
当初の案と現在の棚割りでそこまで大きな変化はない。ただ大きく変えたところが一か所だけある。それは文庫の配置だ。
当初の案では文庫は店内奥の中什器に置く予定で、壁まわりに配置する予定ではなかった。というのは、ひとつには店の主力となりうる文芸単行本と絵本を店の前面に持ってきて、それを主張しようと考えたこと。ふたつめは文庫を店内奥に配置することで、店の奥まで入ってきてもらおうと考えたためだ。
そのようなレイアウトを組んだある日、とある本屋で文庫を眺めていて、「これは厳しいな」と思ったことがあった。文庫はたとえ通路幅が80センチでも、背が見にくいのだ。
単行本とくらべて圧倒的に小さいので、立って本を選ぼうとすると下のほうが見えない。しゃがもうと思っても通路がせまい。そうすると、どうするか? おのずと少し離れたところから下を見る、もしくは全体を見わたすようになるのだ。
それをするためには1メートル以上の通路幅がほしかった。そしてそれを確保できるのは、あらかじめゆとりのある設計を組んでいた店の前面だけだった。そこで棚割りのなかで文芸単行本と文庫の場所を入れ替えてみた。すると、いろいろなことがスッキリするようになったのだ。
店のドアから店内が覗けるようになると、最初に木の平台と木の棚に収まった絵本が見える(基本的にはケチケチの予算で棚を組んだが、唯一この木の什器に絵本を入れるという部分にはお金を注ぎ込もうと思っていた)。その反対には、本が好きな人でも、本を読む習慣のあまりない人にも馴染み深いオールジャンルなんでもありの文庫が並ぶ。
この効果は思っていたよりも大きくて、入りづらそうに思われがちな古本屋でも「自分の興味がある本があるかもしれない」と思わせる心理的な効果があったように思える。
棚割りを考えることは、自分の店をどう見てもらいたいか、というねらいのもと、無意識のうちにお客さんを誘導するしかけでもあるのだ。
自分なりの商圏調査と売上予測
開業にあたって必要だったお金のほとんどは物件の契約費用と内装費用だった。それでもふたつで300万円〜400万円ほどだったので、これでもかなり安くすませることができた。
そのほとんどに退職金をあてた。というよりも、退職金が出るとわかったときに(恥ずかしながら退職金という存在をまったく当てにせず10年くらい働いていた)、「あ、これって自分のお店をやれるんじゃ?」と思ったので、そこに少しの銀行からの借入金を足して初期費用とした。
銀行からの借入金については、いろいろな意見がある。いわく自己資金がたりないならば、まずは親戚知人など無利子でも借りれる手段をあたるべきだ、とか、事業をするうえで、いちどどこかの銀行にきちんと融資をしてもらい、その信用を得るべきだ、とか、どれもたしかに一理ある。
だがそれ以前に、融資を得るための作業として、資金計画をつくり、売上予測をたて、それを第三者に話さなければならないという手順は、自分のやりたいことを具現化する大事な手順ではあると思う。
当時の、べつに大それたものでもない資金計画を見返すと、少なくとも売上予測はわりといい線をいっていたと思う。
どうやって売上予測をたてたかというと、べつに特殊なことをしたわけではない。回転率や入店率や買上率やなんやかんやは、そりゃあ本気を出せば、そのようなものを手に入れる手段はあるのだと思うが、しょせんは机上のものだ。商売にとって、商圏データは商圏データでしかない(めちゃくちゃ大事ではあるが、あえて)。
だって、道が1本ずれただけで人の流れなんて変わるし、どういう向きに入口があるかだけで商売の成否は分かれるものだ。だからこそ、どういう場所なのかは、自分であるていど時間をかけて納得しなければならない。
では、どのようにして売上予測をたてたか?
それを話すまえにみなさんは村上春樹の小説を読んだことがあるだろうか?
話が飛躍しすぎですか?
いや、じつはそんなことはない。店を出すにあたって、けっこう重要なアドバイスを、自分は村上春樹からもらっている。
村上春樹は作家になるまえは、国分寺と千駄ヶ谷でジャズバーを経営していた。しかもかなりの人気店だった(本人はいつも店の片隅でペーパーバックを読んでいるだけで、愛想はよくなかったらしい)。
そんなこともあって、春樹さんの商売観はけっこう信用できる、と思っている。むしろだれかそのあたりのことを春樹さんに書かせてよ。『村上春樹が語る これからのお店のはじめ方』とか、ぜったい売れるよ。書き下ろし短編もつけてさ。
そんな春樹さんの小説に「開業前に、時間をわけて店になる場所を通る人をよく観察すべし」みたいなことをいう作品があった。「これだ!」と思った僕は、愚直に実行した。唯一やった商圏調査だ。
時間と曜日を分けて、となりのタイ料理屋さんに座りながら、向かい側の道路に立ちながら、東洋文庫のまえで、グリーンコートのまえで、などいろんなところで観察した。店前を10分で何人通るのか、仕事帰りの人はどこを通るか、買い物をするようすはあるか、など。あまり長い時間ではないが、申し込みをしてから契約までのあいだに、1日に1時間くらい、いくつかの時間帯に分けて観察した。
そこでわかったのは「意外に人通りがある」ということ、しかも住人っぽいかたがたが、買い物袋を持って歩いている。そう、このあたりにはスーパーがあまりないのだが、唯一グリーンコート内にピーコックがあり、みなさんそこに買い物にいく。その通り道として店のまえを通るのだ。
そのようなうれしい誤算もあったが、残念なこともあった。グリーンコート周辺のオフィスの通勤経路にあたるので、当初朝夕のラッシュがあるのでは? そしてそのかたがたの需要はけっこうあるのでは? と思っていたのだが、それがほとんどないことがわかった。
それはなぜか? 帰りには警察署のまえの信号を渡り、六義園の門のまえを抜けて、駅に向かう人が多い、すなわち店のまえは通らないということがわかったのだ。それもそのはずで、店前の歩道はあまり広くない。そのため信号を早々にわたり、広い道路に抜けてしまうのだ。
そのあたりの帰宅ラッシュ的な需要はあまり見込めないな、ということがわかり、ピークタイムは後ろにはあまり来ない、ということになった。
その結果をもとにいちど売上予測をたてる。
そうしてこんどはほかのデータから、売上予測をたてた。
これは立地うんぬんという要素をあるていど無視して、古本屋の商売としてこれくらいは……という条件をひろってきたのだ。
まずは在庫だ。1坪あたり1000冊と考えると店の総在庫はだいたい12000冊。そのうち月間1割弱が売れるとして1000冊。営業日数で割ると1日40冊。営業時間で割ると1時間4冊売ればよいことになる。商品単価が500円とすると月間50万の売上。これだとギリギリだろう。
土日平日の売上傾斜を考えると、ちょっとは勝負できるか? 単価をあげる、もしくは買上点数をあげることができれば、なんとかなるだろうか。いずれにせよ、在庫量の12000冊はぜったいにキープしなければならない。販路も店だけでは不安だ。つまりネット販売か、それ以外を考えなければ商売は大きくならない。でも、この考え方でいけば、1日40冊という数字は、少なくとも新刊書店でむちゃな売上計画を立てるよりは、かなり現実的に思えた。
こんどは客数で考えてみる。やはり1日あたりの買い上げ客数を想定する。まず40人ではどうか? 営業時間は10時間なので1時間あたり4人。つまり10分強に1回レジ打ちをすることになる。どうだろう? ちょっと無理ではないか? では半分の2人では? これくらいならば、なんとなくありえない感触ではない。すると客単価は? 土日売上のジャンプ率は?
こうやって考えるのは、たしかに取らぬ狸の皮算用ではあるが、自分の商売を具体的に考えるうえで、じつは重要なシミュレーションだ。
そこで導きだした数字は、最低50万、マックスで70万ほどだった。どのようなアプローチをしても「これなら妥当だろう」と思える感触は、だいたいこのあたりだった。
店の周辺状況の観察と、いろいろな本やネット の情報(いまなら、自分が開業したとき以上にこのあたりのデータは充実している) から古本屋の実態を導きだして、いろんな視点からシミュレーションすること。これはとても大切な作業だと思う。
小国貴司(おくに・たかし)
1980年生まれ。リブロ店長、本店アシスタント・マネージャーを経て、独立。2017年1月、駒込にて古書とセレクトされた新刊を取り扱う書店「BOOKS青いカバ」を開店。