本だけ売ってメシが食えるか|最終回|「商売として」本を売る|小国貴司

本だけ売ってメシが食えるか 小国貴司 新刊書店員から独立して古書店「BOOKS青いカバ」を開店して5年。「本」という商品を売る仕事の持続可能性を考える。

新刊書店員から独立して古書店「BOOKS青いカバ」を開店して6年。「本」という商品を売る仕事の持続可能性を考える。

最終回
「商売として」本を売る

古本屋を一歩進める

 

 BOOKS青いカバを開店して、早いものであと数か月で8年を迎えようとしている。

 正直どうなるかわからない賭けのようなはじまりだったが、なんとか営業を続けられているのは、売ったり買ったりと気にかけてくれているお客さんや同業者のおかげである。

 はじまりの日は、棚がスカスカだった。でも、なにをこの棚に置きたいかは、いまとほぼ変わらないかたちで決まっていた。ところどころに本が並んで、いろんなところに本が散らばっているなぁという棚を、「古書ほうろう」さんが「種がまかれているよう」と言ってくれて、「たしかにそのとおりだ」と思い、その表現がうれしかったのを覚えている。

 無自覚ではあったが、自分は古本屋の大きな仕事として「種まき」をしたかったのだ。新刊書店よりも広い世代と人に本を買ってもらえるのが、古本屋のよいところである。

「え? 新刊書店のほうが、幅広い人が来ているんじゃない?」と思う人もいるかもしれないし、古本屋のほうが入店のハードルが高いのもそのとおりだと思う。しかし、ほとんどの本は古本屋のほうが圧倒的に安く買えるし、扱い品目も新刊より多い。

 つまり古本屋の特徴こそ、「本を読みはじめる人」にとっては大きな利点となるはずなのだ。それをもっと突きつめてみたい。「なんか暇だし、安いなら本っていうものを買ってみてもいいかな?」という人を増やしたい。つまりもう一度「読書人口」を増やすために、古本屋を一歩進めてみたいのだ。

 ただそのためには、店と自分自身の安定が必要だ。利益を度外視して、または商売にならないようなかたちで古本屋を続けていっても意味はない。それはぼくがやらなくてもいい。きちんとした賢い人たちが考えてくれるだろう。

 自分がやるべきなのは、きちんと利益を出して、大儲けはなくとも、自分の生活はなんとかできるくらい、そして古本屋として商売に投資ができるくらいのお金を稼ぐことだ。

 現状どうなのかといえば、それはなんとかできているかな、という感じである。より正確にいうと、このままがんばれば、なんとかなりそう、という感じだ。

 正直にいうと、店売だけでは厳しい。なぜならば、店の売上は広さに比例するからだ。そして店は(コロナのときを思い起こすまでもなく)不確定要素が多い。とくに高い本を売るようなスタイルではなく、日々の雑本を売って生活をしていくことは、売れない日はあまりないとはいえ、1日の上限売上はある程度見えてくる。うちの店で言うと、それは平均日商4万〜5万が限界だろうと思う。新刊も含めての売上なので、古本だけにしぼれば、3万程度がMAXだと思う。坪あたりの売上でいうと3000円ほど。なかなかの成績だ。これを目指して(ここ重要)、これにネット販売をプラスしていけば、つぎの一手は見えてくる。

 自分としてはもっともっと、本とのかかわりが薄い場所で、本の商売をしてみたい。もちろん、お客さんにも恵まれているうちの店のような場所を土台にして、さらにもうひとつの夢は、もっとニュートラルな場所だ。本に興味がない人も生活のなかで普通に訪れる場所。そこにもう一度、本屋を戻したい。

 具体的に言うと、たとえばスーパーのなかの本屋だ。

 むかし、生活圏のなかに見るともなく存在していた本屋。

 雑誌があり、児童書があり、文庫があった、なんの変哲もない本屋。買い物の合間に、または行き帰りに立ち寄って、なんとなく棚を見るだけでも楽しめた本屋だ。子どもたちには少し発見があり、大人たちも時間を潰すことができた本屋。

 それが現在では絶滅の危機に瀕していて、おそらく新刊の粗利では、もうそこに出店するのは難しいだろう。

 それを古書店でもう一度やってみたい。古書店ならそれがやれると思うのだ。

 古書、つまりだれかが一度買って売った本ならば、新刊書だけの本屋より魅力的な本屋ができる。だれかが身銭を切って買った本は、ピカピカの新刊に負けず劣らず美しい。その「美しさ」と新刊の「美しさ」をミックスできたなら、自分なんかがあまり余計な手を加えなくても、十分に魅力的な売り場ができるはず。それはまさに本の持つ力、そのものだ。

 1店舗目でそのような店をつくるのはリスクが高いかもしれない。でも、あるていど商売の土台ができあがってからであれば、投資する価値は十分あるのではないか?

 ほかにもたくさんチャレンジしてみたい店の姿はあるが、まずは、いずれにせよ、いまの商売のスタイルをより強固にすることだろう。

 本を持てなくなる日が来るまえに、本を売ることの新しいアプローチをしてみたいと思っている。

もっと自由な商売に

 

 さて、そろそろ、いよいよ、ようやく「本だけ売ってメシが食えるか」というこの連載タイトルの結論を出さなくてはならなくなってきた。

 できればこのままうやむやな感じで、「えーどうでしょう? うーん、才能があれば……いけるんじゃないですか?」みたいな話で終わらせて責任を負いたくない気もするのだが、それではこの連載をせっかく読んでくださったみなさんにあまりにも不誠実だ。答えを出さずにずっとこの連載を引っぱっていれば、そのうち本屋が絶滅して、「本屋って商売だったんだ!」みたいな話になってくれればいいが(いや、よくない)、それだと、そのまえに編集者に「連載打ち切りってことで」と言われて、それはそれで無責任だ。

 かといって、「キミも! 本屋に! なれる!」みたいなことを言ってしまって死屍累々ししるいるいの本屋を増やすのもはばかられる。

 というわけで、もう少し現時点での自分なりの見通しを考えてみよう。

 まず、新刊一本で食べていくこと。これはかなり厳しいと思う。土地も建物もなく、商品を一からそろえ、雑貨やカフェやギャラリーをやりたくなくて、新刊本屋だけで生きていける人。そこには本人のタレント性や相当な能力や人との縁、地縁に恵まれているなど、一般人では真似できないなにかがある。なんの経験もつてもなく、本を売るだけで生きていきたいと思うならば、新刊書店はおすすめできない。

 再三言ってきているが、その商売にならないものをかつて普通の商売にしていたのは、雑誌やコミックだ。雑誌・コミックの流通のおかげで、われわれは「ついでに」本を運んでもらって販売していたのだから、それが崩壊しかかっているいまの制度で、書籍の新刊だけで食べていくのは奇跡に近いと思う。

 もちろん、ZINEや選書を先鋭化させまくって専門店化して、お客さんとの強いかかわりのなかで商売をすることもありえる。それが上手くいくかは自分にはよくわからない。想像がつかない。ZINEや専門店の新刊の粗利も、普通の新刊と同じで、2〜3割、うまくいって4割弱だろう。粗利4割だけの商品を扱うなら話は別だが、それでお客さんを1日に何人呼べるのか? 想像の範囲を超えている。自分が八百屋の経営についてなにも語れないように、そのような店についてはなにも想像ができない。

 でも、それをやれる人はきっと、そもそもこの連載には興味がないと思う。本屋に対して見ている未来が自分とは違うからだ。どちらかといえば、それができない人、そのような本屋「だけ」では物足りない人が、この連載を読んでいると思っている。セレクトのよさや店主の名前や才能を出さずともやっていける本屋。

 もちろん、本屋がセレクトしなくていいと言っているわけではないし、店主のタレント性を否定しているわけでもない。

 かくいう青いカバも「ずっとGOOD BOOKS」という看板を掲げて「10年後も本棚に入れておきたい本」を選んでいる、と言っている。そこに新刊・古本の垣根はない。何度かこの連載でも書いたと思うが、そもそも本屋が「セレクトしない」というのは無理だ。すべての本を売っているわけではないので、絶対になんらかの恣意性が店にはある。あとは言ってみれば、その強度と広さの問題だ。

 さて、前置きが長いが、もうひとつ書いておきたいことがある。

 前職の14年弱の新刊書店時代、とある雑誌で「書店の未来」といった特集が組まれたことがあった。そこに、当時いっしょに働いていた矢部潤子さん(のちに『本を売る技術』を出した)のインタビューが載った。そのインタビューの話をしているときに、矢部さんが私に言った言葉がいまでもずっと心に残っていて、正直それがこの連載を書く動機にもなっている。

「書店の未来」という雑誌の企画書を見ながら、矢部さんはこう言ったのだ。

「書店の未来? そんなもの、ここに載っている人に聞くより、今日入った荷物をバックヤードで仕分けてブックトラックを引いている子たちに聞いたら?」

 この10年で書店を辞め、業界を去った人たち。その多くは、彼らだ。バックヤードで荷物を仕分けし、届いた本にだれよりも早く触り、ページをめくる彼ら。ときには大量の送りつけに舌打ちし、売り伸ばせる本はないかと探す彼ら。文房具や雑貨で利益率を確保するというためだけに、本の売り場を減らされ、それでも懸命にブックトラックを引っぱっていた彼ら。

 彼らのためにできることはないのか? 彼らが書店をあきらめなくていい方法はないのか? それが、自分がこの連載を書きはじめた動機でもあるのだ。

 もしまだ間に合うのなら、ひとりでも多くの書店員に「商売として」本を売ることをあきらめてほしくない。

 その方法がたったひとつだけあると思うのだ。

 古本を売ればいいのだ。

 新刊書を売るノウハウがあるならば、それは古本を売るための大きな武器になる。

 四苦八苦して新刊書を売ろうした努力や商品知識は、古本の膨大な、新刊書の何倍、何十倍もの数がある商品のなかから、自分の店に置く商品を選び、売るための大きな武器になる。

 古本と新刊を組み合わせれば、たぶんいまよりももっと自由な商売になる。

 どんな商売の仕方も許容してくれる懐の広さが、古本屋にはある。

 


■この連載が本になります(2025年春発売予定)

 2023年6月から1年4か月にわたって、「本」という商品を売る仕事の持続可能性を考えてきた本連載の単行本化が決定しました。あらたな書き下ろしなどを加え、より充実した内容の一冊になる予定です。どうぞご期待ください。

 

小国貴司(おくに・たかし)
1980年生まれ。リブロ店長、本店アシスタント・マネージャーを経て、独立。2017年1月、駒込にて古書とセレクトされた新刊を取り扱う書店「BOOKS青いカバ」を開店。

BOOKS青いカバ