他人と生きるための社会学キーワード|第13回(第3期)|「居場所づくり」と学童保育──「生活」にもとづく「教育」の論理への回帰|鈴木 瞬
「居場所づくり」と学童保育
「生活」にもとづく「教育」の論理への回帰
鈴木 瞬
放課後の子どもに専門的にかかわるということは、「預かる」ことや「寄り添う」だけではなく、子どもに対して意図的に働きかける「教育」の側面がある。放課後支援の領域には、表面的には似ているものの、その内実はまったく異なる実践が混在している。それゆえ、放課後支援をいっしょくたに語ることは困難である。ここでは、「学童保育」というひとつの放課後支援実践に焦点をあて、学童保育における子どもへの「教育」の可能性について整理したい。
このように考えるのは、あるとき、学童保育所に勤めるベテラン指導員からつぎのような想いをうちあけられたからである。
最近、いっしょに勤めている若手の指導員と話していたら、「指導員は子どもに寄り添うことが大切ですよね。だから、子どものいまの状態を理解してあげられるように話を聞けばそれでいいですよね」と言われたんですよ。でも、私は、話を聞くだけで終わりじゃいけないんじゃないかと思っていて…。もちろん、子どもに寄り添って話を聞くことは大切なんですけど、そのあとに、子どもの成長や発達をうながすようなかかわりこそ大切だと思ってるんです。先生どう思います?
学童保育実践とはなんなのか。このことは、その歴史のなかでつねに問われてきた。制度的には児童福祉に位置づくものの、担当行政は各自治体によってさまざまであり、またその実践は、各学童保育所によって異なっている。このような状況ゆえに、学童保育実践を担う指導員は、つねに自身の子どもとのかかわり方について、「預かることなのか、育てることなのか、それとも……」と、アイデンティティを揺さぶられてきたのではないだろうか。
こうしたなか、近年、こども家庭庁において、放課後児童クラブ(学童保育)は、対象者が限定されない「全てのこども・若者を対象とする居場所」のひとつとして位置づけられた。厳密には放課後児童クラブ(学童保育)は、保護者が労働等により昼間家庭にいない子どもを対象としているため、その意味では「特定のニーズを持つこども・若者を主な対象とする居場所」に分類できるが、約139万人(2022年5月現在)の登録児童数を考えて、すべての子どもを対象としたものとして分類されている。
「居場所」としての学童保育では、子どもが自分らしく安心して過ごせるように、指導員が子どもに寄り添い、理解を示すことが目指される。ベテラン指導員の語りに出てくる若手指導員の考え方はまさにそのようなものであり、それ自体は、学校から解放される放課後という時間・空間に子どもとかかわる学童保育においても同様に求められるものであろう。
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しかしながら、学童保育所における子どもとのかかわりとは、子どもが自分らしく安心して過ごせるように、子どもに寄り添い、理解を示すだけのことなのだろうか。
学童保育では、子どもの最善の利益を保障する居場所となることを志向しつつも、それにとどまらず「生活の場」をとおした子どもの成長・発達への積極的なかかわりがある。多様な子どもたちが集団で生活する学童保育所では、かならずしも子どもたちが「そのまま」でよいというわけにはいかないため、指導員は、多様な子どもたちが共に生きる場を子どもとともに創りあげていかなければならない。そこには当然、環境の変化だけでなく、子ども自身の変化もあり、学童保育実践が発揮してきた「教育」の論理が存在する。したがって、「居場所づくり」の文脈によって学童保育における「教育」の論理が看過されてしまうことは問題である。
なお、学童保育という場において求める「教育」の論理は、非認知能力などの社会が求める、将来必要になる「資質・能力」を育成・開発することと同義ではない。また、もちろん、英語塾や体操教室などの付加価値を売りとする民間学童保育が主張する教育とも当然異なるものである。「教育」の論理とは、個人に対してありのままでいるのではなく、よりよい主体へと変容を求める志向である(仁平典宏「〈教育〉の論理・〈無為〉の論理」『中国四国教育学会教育学研究ジャーナル』第22号、2018年)。したがって、あくまでも、子どもの「生活」をもとに指導員が意図的に働きかけることで、多様な子どもたちが共に生きる放課後の時間・空間を主体的に生きることができる存在へと導くことが、学童保育実践における「教育」の論理である。
では、学童保育における「教育」の論理は、どのように位置づけられているのか。ここでは、学童保育の運動論的・概念的な歴史と、近年の制度化の変遷から確認する。
学童保育には、児童福祉法において保育所が「その他の児童を保育することができる」とされていることから、その解釈をめぐって、「保育」としての学童保育の意義が主張されてきた歴史がある。これは、児童福祉法第24条と第39条を根拠としたものである。学童保育が「保育」であるということは、乳幼児保育における「保育」をそのままあてはめることではなく、保育所保育との共通性をとらえなおし、「保育」としてのミニマムな条件(生活空間の保障と専門的力量を持った保育者の存在)をとらえなおすことだという(石原剛志「児童福祉法における学童保育条項」児童館・学童保育21世紀委員会『児童館と学童保育の関係を問う』萌文社、1998年)。だが一般的に、乳幼児に対する「保育」とは教育と養護を一体的におこなうことだと理解されていることをふまえれば、学童保育においても、「教育」の論理が意識されていることは確かであろう。
また、1998年の法制化以前においてもこのような「教育」の意識が大切にされていたことは、学童保育の運動を率いてきた当事者の記述からも理解できる。たとえば、全国学童保育連絡協議会会長をつとめた大塚達男氏は、指導員による意図的働きかけや指導目標、指導計画の重要性について論じるなかで、指導員を「子どもたちに、現実から学ばせる『生活勉強』の援助者、組織者、指導者…(略)…子どもの発達をうながす大切な専門の職員」だと説明している(大塚達男・西元昭夫『学童保育』新日本出版社、1975年)。
さらに、近年の制度変容に目を向けると、ここでも「教育」の焦点化が読みとれる。児童福祉法では「適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図る」として、健全育成というあいまいな概念に濁されていた部分があるものの、2015年の「放課後児童クラブ運営指針」の策定によって、放課後児童クラブ(学童保育)の目的やそこでなされる育成支援は、以下のように示された(引用部の下線は引用者による)。
放課後児童クラブにおける育成支援は、子どもが安心して過ごせる生活の場としてふさわしい環境を整え、安全面に配慮しながら子どもが自ら危険を回避できるようにしていくとともに、子どもの発達段階に応じた主体的な遊びや生活が可能となるように、自主性、社会性及び創造性の向上、基本的な生活習慣の確立等により、子どもの健全な育成を図ることを目的とする。
「生活の場」を基盤とすることは児童福祉法と同様であるものの、そこから一歩踏み込んで、「子どもの発達段階に応じた主体的な遊びや生活が可能となるように、自主性、社会性及び創造性の向上、基本的な生活習慣の確立等」という「教育」の観点が、指導員のおこなう育成支援の目的として明記されたことは「運営指針」の大きな特徴である。
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この点にかかわって、最後に、2018年7月、放課後児童対策に関する専門委員会が出した「総合的な放課後児童対策に向けて──社会保障審議会児童部会 放課後児童対策に関する専門委員会 中間とりまとめ」を見ておこう。「中間とりまとめ」では、子どもにとって放課後は「自主的・主体的な遊びや生活の体験を通じて、人として生きていくための知恵や社会性を育むことができる大切な時間・空間である」として、つぎの3つの視点を「今後の子どもたちの育ちや放課後生活の保障」を貫く理念として示している。
(1)児童の権利に関する条約と改正児童福祉法の理念を踏まえた子どもの主体性を尊重した育成
(2)子どもの「生きる力」の育成
(3)地域共生社会を創出することのできる子どもの育成
ここでは、(1)子どもの主体性や自己決定力の尊重や育成が、児童の権利に関する条約の精神からみた育成観であるとされるとともに、(2)子どもの自主性・社会性や自立を育む観点に立ち、放課後生活と学校教育を通じてともに「生きる力」を育成することの必要性が示されている。さらには、(3)地域社会を構成する一員として、人と人がつながりあい、自分自身に権利があることとともに、他者にも権利があることを認識できるようになり、他者とともに生きることに喜びを見出し、多様性を許容できる子どもを育てていくことが求められている。これらは、すべての子どもに子どもの最善の利益を保障することを前提としつつ、多様な子どもたちが集いその子どもたちが集団で遊び生活する学童保育という環境を適切にとらえたうえで志向される「育成」、つまり、「教育」の論理といえるだろう。
だが残念ながら、2023年3月に示された「放課後児童クラブ・児童館等の課題と施策の方向性──社会保障審議会児童部会 放課後児童対策に関する専門委員会 とりまとめ」では、上述の視点が深められ、理念が検討されることはなかった。またこれ以降、放課後児童クラブ(学童保育)は、こども家庭審議会「こどもの居場所部会」にて「こどもの居場所づくり」の範疇で推進されている。このように、運動や制度化を経た学童保育実践の帰結として「教育」の論理の位置づけが示せる一方、このことが、近年の「子どもの居場所づくり」の文脈において明確に位置づけられていないことは、なお残る課題である。しかしながら、「最終とりまとめ」では、「特に、こどもの居場所として共通するところを大事にしつつ、放課後児童クラブや児童館がもつ固有の機能である『遊び及び生活の場における育成支援機能』を踏まえた議論が必要である」と、最後に付言されていることを見逃してはならない。今後、学童保育が、いかに「子どもの居場所」として重要な意味を付されようとも、私たちは、学童保育が子どもの生活保障と育ちの両面に目を向けた実践であることを忘れず、学童保育実践における「生活」に根差した「教育」の論理について考えていかなければならないのである。
このことは、学童保育における「教育」の論理の優位性を語ることではない。指導員による「教育」の論理の発揮は、あくまでも、多様な子どもたちが学童保育の生活において「そのままでいい」と肯定される「無為」の領域を保障するためのものである。だが、「無為」の保障を前提とした「教育」の論理とは、学童保育実践においてどのようになされるのか。このことについて、指導員による「教育」と「ケア」が接続する実践から理解することが、今後、「居場所づくり」としての学童保育を考えることにつながるだろう。
(リレー連載第3期・完)
■ブックガイド──その先を知りたい人へ
市川力・井庭崇『ジェネレーター──学びと活動の生成』学事出版、2022年.
西村ユミ・榊原哲也『ケアの実践とは何か──現象学からの質的研究アプローチ』ナカニシヤ出版、2017年.
矢野博史「目的的行為としての〈教える〉と〈ケア〉の接続」坂越正樹監修、丸山恭司・山名淳編『教育的関係の解釈学』東信堂、2019年.
*編集部注──この記事についてのご意見・感想をお寄せください。執筆者にお届けします(下にコメント欄があります。なお、コメントは外部に表示されません)
鈴木 瞬(すずき・しゅん)
金沢大学人間社会研究域学校教育系准教授。筑波大学大学院3年制博士課程人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(教育学)。専門分野:教育経営学、学童保育学、放課後支援論。
主要著作:
『子どもの放課後支援の社会学』単著、学文社、2020年
『学童保育研究の課題と展望』共著、明誠書林、2021年
「子どもの放課後支援における〈教育〉と〈無為〉の位相」『日本教育行政学会年報』48号、2022年
『学童保育指導員になる、ということ。』共著、かもがわ出版、2023年
「子どもの放課後の権利保障としての学童保育」『現代思想』4月号、青土社、2024年