他人と生きるための社会学キーワード|第3回(第4期)|支援の「ブリコラージュ」──災害時の子どもの居場所づくりから考える|鈴木 瞬
支援の「ブリコラージュ」
災害時の子どもの居場所づくりから考える
鈴木 瞬
これまでよりも子どもの居場所が立ち上げられている実感があるにもかかわらず、被災した子どもたちに、安心して過ごせる居場所が行き届かない理由とは何なのだろうか。
2024年1月1日16時10分、日本の能登半島地下16kmで発生したマグニチュード7.6の地震は、石川県を中心に大きな被害をもたらした。被災当初から行政と支援団体とによる連携のもと、さまざまな場で被災した子どもの居場所づくりがなされてきた。私自身も、1月8日に1.5次避難所内に立ち上げられた「キッズスペース(子どもの遊び場)」において、約2か月間、応急対応期における子どもの「日常」をとり戻すあそびと生活の支援を担ってきた。
2024年3月にNPO法人ワンネススクールとともに実施した「被災・避難状況と今後の子ども支援・子育て支援に関するニーズ把握調査」(回答総数は846)によれば、被災後あるいは避難中に利用できた子ども支援・子育て支援として、「安心して過ごせる『居場所』の提供」を選択した保護者はわずか9.0%に留まっていた。さらに同調査では、回答者の3割弱が「支援と感じるものは受けていない」という回答を選択していた。
このような結果は、東日本大震災などでも支援者としてかかわってきた経験を有する方々から聞いた話と矛盾する。彼らは、東日本大震災から10年以上が経ち、子ども支援の観点から現地に入り込む支援団体が確実に増えてきたことを実感しているという。たしかに、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンによる「こどもひろば」の開設や、認定NPO法人カタリバによる「みんなのこども部屋」の設置、移動式遊び場ネットワークによるプレイカー「ひょっこりジンベイ号」の実践など、能登半島地震においては発災当初から現在に至るまでのあいだに多くの子どもの居場所づくりがなされてきている。金沢市や加賀市の2次避難者への支援も含めれば、その数はいっそう多くなるはずである。
では、なぜ、このようなアンケートの結果が示されるのだろうか。上述の結果は、もちろん、個々の被災状況からとくに支援を必要としていなかった可能性を含むものであった。それゆえ、回答者の地域によっては「支援と感じるものは受けていない」という結果が得られることは想定の範囲である。しかし、「安心して過ごせる『居場所』の提供」そのものを受けたケースも少ないことを考えると、災害時の子どもの居場所づくりは、被災した能登半島の子どもたちや避難している子どもたちに、かならずしも十分に行き届いていなかった可能性があることを物語っている。
以下では、冒頭でも示した「これまでよりも子どもの居場所が立ち上げられている実感があるにもかかわらず、被災した子どもたちに、安心して過ごせる居場所が行き届かない理由」について考えてみたい。
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2016年4月(2022年4月改訂)に内閣府が示した「避難所運営ガイドライン」では、女性や子どもは特別なニーズをもった存在であるため、災害時においても、女性や子どもの視点から避難所を考える必要性が示されている。そのひとつとして、「キッズスペース(子どもの遊び場)の設置」を検討することが言及されている。また、2023年12月22日にこども家庭庁より示された「こどもの居場所づくりに関する指針」でも、子どもの居場所づくりを進めるにあたっての基本的な視点として、以下のように「災害時におけるこどもの居場所づくり」の内容が示されている。
災害時などの非常時こそ、こどもの声を聴き、こどもの権利を守ることが必要である。災害時においてこどもが居場所を持ち、遊びの機会等が確保されるよう配慮することは、こどもの心の回復の観点からも重要である。
以上のガイドラインや指針は、今回の震災においても十分に理念として共有されていたと推察する。少なくとも、被災地や避難所において子どもの権利が守られる居場所をつくることに対して、社会的な理解が高くなりつつあることは実感されるものであった。
避難生活を余儀なくされ「日常」を失った子どもたちにとって、避難所に設置されたキッズスペース(子どもの遊び場)で遊び、そこでの生活をとおして心の回復を図っていくことは、みずからが自明である世界をとり戻していくことになる。つまり、震災によって「非日常」となってしまった生活を「日常」に戻していくプロセスをつくることが、災害時の子どもの居場所づくりに求められる。
1月8日に石川県の1.5次避難所に立ち上げられたキッズスペース(子どもの遊び場)もこのような機能を果たす場のひとつであった。しかし、それは容易なことではなかった。今回の震災において示されたのは、子どもの居場所づくりへの社会的関心は高まり、それを立ち上げる支援団体は増えているものの、立ち上げたあとに、継続的に子どもの居場所の運営などを担う危機対応組織の不在という課題である。
たとえば、医療に関していえば「災害派遣医療チーム」が存在する。阪神淡路大震災の教訓から2005年に発足し、「災害の発生直後の急性期(概ね48時間以内)から活動が開始できる機動性を持った、専門的な研修・訓練を受けた医療チーム」として、医師と看護師、業務調整員によって編成され、被災地の救急患者の治療や避難所での被災者の感染症の処置などをおこなう。能登半島地震ではその活動の長期化が課題とされたものの、のべ1000隊以上のチームが派遣され、地元の医療従事者も同様に被災しているなか、彼らの存在は被災地や避難所の医療の担い手として重要な役割を担っていた。
では、災害時の子どもの居場所での継続した支援を担うチームはあるのだろうか。関連するものとして、災害時の避難所等における2次被害を防ぐため、配慮が必要な者に対し福祉支援をおこなう専門職チームとして、「災害福祉支援チーム」がある。社会福祉士や介護福祉士などの福祉専門職で構成され、そこには保育士も含まれる。支援の対象となる災害時要配慮者のなかには、子どもも位置づけられており、キッズスペースなどの環境整備もその活動内容として示されている。しかし、実際に1.5次避難所で見られたのは高齢者福祉としての活動がほとんどであり、保育士がその専門性を発揮するような側面は少なかった。
結果として、上述した1.5次避難所のキッズスペース(子どもの遊び場)の運営は、地元の子ども支援関係者(保育者や学童保育指導員)が連携し、ボランティア派遣をベースとした運営をおこなった。また、認定NPO法人カタリバの「みんなのこども部屋」においても、地元の子ども支援団体と連携して複数の居場所を設置していたことが報告されている。このように、災害時の子どもの居場所づくりは、その理念の広がりを見せつつあるものの、「実際の支援はだれが担うのか/担いつづけるのか」という課題を残したままである。
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このような経験から考えられるのは、災害時の子どもの居場所づくりを理念として掲げるのならば、同時に「災害派遣子ども支援チーム」についても仕組みを考えなければならないということである。いわば、災害時の子ども支援の専門的な訓練を受けた保育士や学童保育指導員を中心に、災害発生直後から活動できる機動性を備えた災害時の子ども支援チームである。
なお、「災害派遣医療チーム」の例と同様、災害時は、地元の子ども支援者自身も被災している。また、直接的な被害はなくても、近隣の自治体は2次避難してきた子どもを受け入れるため、その自治体のこども園や学童保育所においてもボランティアを派遣する余裕があるとはいえない。しかし、「災害派遣子ども支援チーム」が各自治体に設置されることで、被災した子ども支援者自身が負担を被ることなく、被災地や避難所での子どもの居場所づくりをおこない、子どもの権利を守ることができる。
また、深刻な自然災害に見舞われる可能性が少なくない日本では、だれもが危機に即応できる準備が求められる。「災害派遣子ども支援チーム」を組織することは、災害発生後の想定外の事態に対応し、子どもの居場所づくりを継続するために必要な計画された事前対応である。しかしながら、大規模な自然災害であれば、事前に想定された事態を超える事態は容易に生じうることである。このようなときに求められるのが「ブリコラージュ」である。これが、もうひとつ考えられる視点である。
ブリコラージュとは、文化人類学者であるクロード・レヴィ=ストロースが『野生の思考』のなかで提示した概念である。近年では、「ありあわせのものを再構成することによって新しいものを創造する営み」として、危機対応学においても応用されている(飯田高「制度によるブリコラージュ」東大社研・玄田有史・飯田高編『危機対応の社会科学 下』東京大学出版会)。
偶然性やありあわせの材料を活用することを是とするブリコラージュの概念は、行きあたりばったりの対応や臨機応変な対応を重視するものととらえられるかもしれない。しかし、ブリコラージュの発想はそのようなものではない。日ごろから、「思いがけず何かの役に立つかもしれない⋯⋯」と身近な資源(材料や関係性など)を集めることが重要であり、また、その資源を普段からとらえ直し、いざというときに適切に組み合わせていくことが求められる。このように収集される資源の蓄積をレヴィ=ストロースは「宝庫」と呼ぶ。つまり、日常から、いざというときに役立つかもしれない「宝箱」をつくっておくことで、想定外の事態においても、なんとかそれらを再構成して対応するというのがブリコラージュである。
念のため確認するならば、ブリコラージュの発想は、災害時のマニュアル作成や避難訓練の徹底というようなものとは異なる。これらが災厄の前後の準備を意識するものであるのに対して、ブリコラージュでは、災厄の回帰を前提とする「災間」の思考をとる。「災間」の思考とは、「様々な『溜め』や『隙間』や〈無駄〉を作り、リスクを分散・吸収させる」ために、日常的にできるだけ多様なつながりを形成することである(仁平典宏「〈災間〉の思考」赤坂憲雄・小熊英二『「辺境」からはじまる』明石書店)。言うなれば、平時において多様性を広く実現した社会資本を蓄積することが、ブリコラージュを導くのである。
今回の震災において示された課題は、このようなブリコラージュとしての側面をもつ災害時の子ども支援を担うことができるような「地元の子ども支援者」の多様なつながりを形成することである。そのきっかけを得るためにも、「災害派遣子ども支援チーム」を組織し、平時から保育者や学童保育指導員、心理士やソーシャルワーカーなどの専門職が、災害時の子どもの居場所づくりをテーマに学びあう場をつくり、多様性を広く実現しうる社会の担い手同士の関係性を強めることが必要であろう。「災間」を生きる私たちにとって、その準備は、いま・このときから求められている。
■ブックガイド──その先を知りたい人へ
クロード・レヴィ=ストロース、大橋保夫訳『野生の思考』みすず書房、1976年.
東大社研・玄田有史・有田伸編著『危機対応学──明日の災害に備えるために』勁草書房、2018年.
鈴木瞬・糸山智栄・若井暁『災害時の学童保育のブリコラージュ──「まびひょっこりクラブ」がつなぐ未来へのバトン』クリエイツかもがわ、2024年.
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鈴木 瞬(すずき・しゅん)
金沢大学人間社会研究域学校教育系准教授。筑波大学大学院3年制博士課程人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(教育学)。専門分野:教育経営学、学童保育学、放課後支援論。
主要著作:
『子どもの放課後支援の社会学』単著、学文社、2020年
「子どもの放課後支援における〈教育〉と〈無為〉の位相」『日本教育行政学会年報』48号、2022年
「子どもの放課後の権利保障としての学童保育」『現代思想』4月号、青土社、2024年
「ケアと教育をつなぐ─子どものための学童保育とは」『世界』6月号、岩波書店、2024年
「災害時におけるブリコラージュとしての一時的な学童保育実践の記録化」『学童保育』第14巻、2024年
『災害時の学童保育のブリコラージュ』共著、クリエイツかもがわ、2024年